大橋史《新しい風》

大橋史《新しい風》

玉川高島屋S.C.キューブの為に制作したモアレを用いたモーショングラフィックス。二子玉川の「川・緑地・都市・人」が行き交うイメージをオプアートを参照しながら制作。モアレを活用して川の流れや吹き抜ける風、行き交う人々の賑わい、ファッションなど多様なイメージが重なり合う。

アーティストインタビュー

2026年7月24日、東京・二子玉川。玉川高島屋S.C.南館ファサードに設置されたLEDキューブの前で、モーションデザイナーの大橋史に話を聞いた。大橋が現在公開している《新しい風》(2026年7月1日〜9月15日)は、街のなかに置かれたこの大型ディスプレイのために制作された映像作品である。このLEDキューブは、2025年3月の外観リニューアルに合わせて設置された3台の大型ディスプレイで、最大6メートル四方の画面に「街と呼応するキューブ」をコンセプトとした映像を映し出している。SNSのタイムラインのように、見る人が自らアクセスする場所ではなく、電車の音や風が行き交う街のなかで、不特定多数の人の視界に入り込むメディアだ。その場所に、大橋はモアレを用いた映像を置いた。なぜモアレだったのか。街のなかで目にする柵やフェンス、多摩川で家族と過ごした記憶、そしてブリジット・ライリーやヨゼフ・アルバースから受けた影響。モーションデザイナーとして15年近く活動してきた大橋が、SNSのタイムラインとは異なる場所に自らの映像を置いたとき、そこに何を見たのか。現地を行き交う人々と電車の音、ビルの間を抜ける風のなかで、その背景を順を追って聞いた。

目には見えないものを描く

広告やミュージックビデオを中心に、最近ではテレビアニメのオープニングやエンディング、さらに本編の制作にも関わるようになってきたという。モーションデザイナーとして活動を始めてから、15年近くになる。

「クライアントの要望や予算、スケジュール、いろんな条件の中で、どうすれば自分にしかできないものになるかっていうのは、日々悩みながら仕事をしています。でも、自分の仕事を知ってくれる人が最近本当に徐々に増えてきて、今回の高島屋さんのサイネージの仕事も、自分のクリエイティビティを理解してくれる方々に囲まれた仕事ができて、本当に幸せな時間でした」

普段の仕事について聞くなかで、大橋が考えるモーションデザインの本質についても尋ねた。スマートフォンのUIやウェブサービスの視線を誘導する動き、広告のなかで使われるアニメーションなど、実用的な目的を持つモーション表現が一般的に知られている。一方、大橋はその本質を、より広い表現の歴史のなかに捉えている。

「スマートフォンのUIとか、ウェブサービスの視線を誘導する動きとか、広告の中で使われているアニメーションとかを作る仕事が一般的ですけど、僕にとってモーションデザインというのは、20世紀初頭から始まった表現主義や、その影響を受けて作られた抽象アニメーションなど、目には見えないものを描く表現にその本質があるなというふうに考えています」

では、大橋にとって、その表現の核にある「動き」とは何なのだろうか。

「動きとか音楽とか空間とか感情とか、ざっくり言うと時間概念というか、時間を形作る表現がモーショングラフィックスの本質なんじゃないかなというふうに、僕は思っています」

SNSのタイムラインと、風が吹く場所

「制作をしながら、その成果物がSNSのタイムラインというすごく小さい窓の中に映し出される。そして、もういいや、すぐスワイプされてしまうかもという恐怖と焦燥感の中で仕事をしていると思うんですよね、正直。そういった意味では、いつも焦りながら仕事をしている、すごく苦しい仕事にもなってしまったなというのが正直なところです」

これは自分だけでなく、いま20代から30代前半でアニメーションやモーショングラフィックスをつくっている人にもおおむね当てはまるだろう、と大橋は続けた。

「でも今回のようなパブリックアートは、この電車の騒音もそうですし、ビルを吹き抜ける風もそうだけど、自然とか都市、天気とか、非常に公共的な空間の中で自分の仕事が見てもらえるかもしれないというのは、とてもヘルシーな仕事だったなというふうに思います」

モアレを選ぶ

二子玉川という場所から、作品の表現を考えていった。川と緑地、そして都市が隣り合うこの街の風景を、どのような方法で映像にできるのか。大橋が選んだのがモアレだった。

「二子玉川自体が、川と緑地、都市という、非常に印象的な街の造りになっていると思っていて。特に木々の葉っぱが重なっている印象とか、木漏れ日とか、そういったものをヒントにしながら作品を作るんだったら、モアレが一番題材としていいんじゃないかなというふうに考えましたね」

NIINOMIさんと最初に話していた段階では、もう少しオーガニックなアニメーションになると思っていたという。しかし、都市と自然という異なる要素をひとつの画面にどう共存させるか。その方法を探るなかで、大橋の関心はオプティカルアートやモダンアートへと向かっていった。

「都市とか、都会的な洗練されたビジュアルと、一方で光、木漏れ日とか、川の流れとか、そういった自然のイメージを両立させるんだったら、ブリジット・ライリーやヨゼフ・アルバースみたいなオプティカルアートやモダンアートを参照しながら、非常にゆっくりとした時間の流れとか、現象を目で追っているような表現にしたほうが、今回のプロジェクトには合うんじゃないかというふうに考えましたね。割と、そのアイデアはスッと出てきましたね」

モアレを選んだことで、制作上の課題も生まれた。細かな線の干渉によって生じるハーディングチェックを避けながら、画面のなかに繊細な変化をつくっていく必要があった。動き自体はキーフレームの補間を基本としながら、そこにわずかな緩急を加えている。

「リニアになりすぎると、モアレの表情にちょっと微妙な変化を与えたかったので、多少なりとも緩急はつけてますね。自分の仕事に音楽的なイメージというか、音楽を聴いているような感覚を作品の中に入れたくて。リズムもそうですし、緊張感と安心感を揺さぶるという意味では、始まりがあって、どこに帰着するのか、帰着した瞬間の心地よさというか安心感みたいなものを動きで表現するときに、キーフレーム同士の間のイーズのニュアンスは、多少なりともコントロールしたほうがいいのかなというふうに考えてます」

「君のアニメーションはなんでそんなに元気なんだい」

ただ、ここで大橋が目指したのは、動きを派手に演出することではなかった。むしろ、動きを抑えることによって、自然現象そのものを想起させることを考えていた。

「これはちょっと僕の学生時代のトラウマなんですけど、元気なモーショングラフィックスをずっと作ってきたんです。ある日、僕、多摩美の情報デザイン学科にいて、担当教員が一人しかいなくて、他の先生にも見てほしいなと思って芸術学科に行ったら、そこの先生が『君のアニメーションはなんでそんなに元気なんだい』というふうに刺してくるわけですよ。確かに!と思って」

その言葉をきっかけに、自分が作る動きそのものを見直すようになった。

「自分が目の前に描いている色とか形を、あまりにも擬人化しすぎているんじゃないか。人間的にこう動いたら可愛らしいという、人間中心的な心地よさとか、愛らしさ、擬人化みたいなものを内在化させすぎていたのかなというふうに思うようになって」

今回の作品では、そうした人間的な「元気さ」や過剰な演出をできるだけ抑え、木々の葉が重なり合う様子や、波、光の揺らめきのような現象を想起させる動きを目指した。

「もっとかっこよく動かそうと思えば全然できたと思うんですけど、それだと、木々の葉っぱ同士の重なり合いとか、波とか、光の揺らめきみたいなものを想起させるには、ちょっとわざとらしくなってしまうかもなと思って。過剰な動きの演出は、本当に最小限にしようっていう狙いはあります」

半透明な壁と、多摩川の記憶

そうして生まれたモアレへの関心は、さらに、街のなかで大橋が日常的に目にする「柵」や「フェンス」へとつながっていく。

「今、目の前にある都市の、二子玉川駅のああいうビルの柵状になっている模様とかもそうですけど、ちょうど僕が普段、家で仕事をして、買い物に出かけたり子供の迎えに行くときに、街のいたるところにある柵とかフェンスが、やたら気になるようになってきて」

柵に惹かれる理由のひとつに、大橋は「遮るもの」と「流れるもの」が共存する状態を挙げる。

「例えばこのガラスの壁は透明だけど、ここにガラスがあるわけで、この空間の流れを遮っているじゃないですか。見た目では空間が広がるように見えるけど、実際に空気はここに流れていない。でもこれが仮に柵だとしたら、半透明な壁があって、でもそこには流れを感じると思うんですよ。壁があるのに、空気の流れは通すことができるという両義性というか、そこにすごく興味があって」

柵やフェンスの隙間を通り抜ける視線や風、その反復する構造が生み出すモアレ。その感覚は、今回の作品の重要な出発点になっている。

「実際、柵自体のモアレを感じる瞬間ってあるじゃないですか。普段街を歩いているときに見るフェンスとか柵のモアレ感、もともとブリジット・ライリーという作家が好きだったので、そこからインスピレーションにはなっています」

一方で、作品のもうひとつの出発点には、より個人的な記憶があった。大橋が実家を出て初めて暮らしたのが、ここ二子玉川から数駅離れた駒沢大学駅の近くだったという。

「実家を出て初めて住んだ街が駒沢大学駅なんですね。本当、ここから数駅隣の。当時、彼女と同棲して、そのまま結婚して、デートとか、その後子供ができて、それを多摩川で遊んだりとか、そういった家族と過ごしたときの記憶みたいなものがベースにあったんですよ。なので初めの段階から、川の流れとか波の揺れとか、自然現象をテーマにしつつも、最終的には都会的なビジュアルになるように帰着しようっていう狙いは、初めからありました」

大橋は、目の前の画面に映る作品を指しながら続けた。

「ちょうど今目の前にある作品も、多摩川の緑地に囲まれた川のイメージから、直線的にどんどんオブジェクトが流れていく表現になってます。多摩川の川で遊んでいたときに、妻と娘と3人で遊んでいたときの、家族と過ごした記憶が根本にあるので、どこか子供に好かれたいなという、よこしまな気持ちは少しあるかもしれない。かわいい感じは、ちょっとおはじきみたいな」

街の柵やフェンスから着想したモアレと、多摩川での情景。異なるふたつのイメージは重なり合い、抽象的なグラフィックへと変換されていった。

「ブリジット・ライリーのめまいがするようなストライプの表現みたいなことをやりたいなというふうに思ってたんですけど、ハーディングチェックの問題もありますし。実際にいろんなモアレを作るための素材をトリミングして、円形とか正方形にトリミングして見たときに、川の中で生きている、一見目には見えないような生物とか、家族と過ごしたときの楽しい記憶みたいなものが、結構抽象的なグラフィックと動きで表現できたかなというふうに自負はしています」

砂遊びのような

今回の制作では、モアレという表現そのものが、大橋にとって新鮮な制作体験になったという。

「普段モーショングラフィックスを作るときは、頭の中である程度完成のビジョンが明確にあることが多くて、それを何度もブラッシュアップして、やっとイメージに近づいたというふうに、自分自身の仕事にリテイクを重ねていく仕事だと思うんです。でも今回のモアレという表現は、やってみると思いもよらない色と線の表情がとても楽しくて、子供の頃に遊んだ砂遊びのような、砂とか粘土とか絵の具とかで遊んでいるような感覚でした。一見すごくデジタルなんだけど、割とアナログな画材で遊んでいるような感覚になれました」

完成形をあらかじめ想定し、そこに向かって精度を高めていく普段の制作とは異なり、モアレの制作では、偶然生まれる色や線の変化そのものを楽しむことができた。その感覚について聞くと、大橋は、そこに「手作り感」のようなものがあったと話す。

「もう少し作り手の意匠みたいなものをもっと入れないと、凝らないとという強迫観念にどこか駆られていたのかもしれないですね。そこまでしなくても、色と形だけでこんなにいろんな表情ができるんだという、驚きがあったっていうか」

立体になった映像

今回の作品では、映像が表示されるのは正面の側面だけではない。キューブの下側にもディスプレイがあり、ひとつの映像が複数の面にまたがって展開されている。その構造は、大橋に映像を「画面の中のもの」ではなく、立体物として意識させた。

「側面だけだったらそこまで影響はしないと思うんですけど、側面以外にも下の面もあるということが、自分が作っている映像が立体物であるという意識を持たざるを得ないというか。ただ、作ってる最中はなかなかそこは想像しづらかったです」

実際に現地で作品が動き始めると、さらに予想していなかった現象が起きた。

「ちょうど目の前にある作品が、右から左にオブジェクトが流れていく映像だと思うんですけど、そこに風が流れた瞬間、デジタルの表現と、物理的に感じる横の動きというか、そういったものがシンクしたときのカタルシスというか。こんなことが起きるんだという驚きは、ありましたね」

映像は、周囲の環境とも思いがけない関係をつくり始める。エレベーターのガラスに反射し、さらに周囲の植物と重なり合う。大橋が選んだ色彩もまた、建築や街の風景と呼応していった。

「そこのエレベーターに反射したりとか。反射して、そこの植物とうまくレイヤードされたり。見回すと、しかも扱っているモチーフの色が緑なので、高島屋自体にこういった緑のモチーフがたくさんあるというのは事前に知ってはいたので、実物と映像が色彩同士でリンクする感じがとても嬉しい発見だったなというふうに思います」

アーティスト大橋史|Takashi Ohashi
Space玉川高島屋S.C. LEDキューブ
期間
2026.6.30 15:0:0
-
2026.9.15 4:0:0

Artists

https://takashiohashi.com/